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2008年6月21日 (土)

不撓不屈 (第12話) 泥沼-終わりなき戦い

ポリスから、示談の提案を受ける数週間前に、
こんなことがあった。

 

バーの仕事も終わり、スタッフが帰り支度を始めたころ、
レイナがママの明美に話しかけてきた。

「ママ・・・・ちょっと話があるんですけど・・・」

「じゃあ、今日これから2人で御飯でも食べに行かない?」

明美がそう言うと、レイナは静かにうなずいた。

明美とレイナの2人は、チャイナタウンにある24時間営業の
レストランに行くことにした。
距離は少し離れているが、日本のように深夜に開いている店は
ほとんど無いため、あまりチョイスはない。
それでも、このチャイニーズレストランは、安い割に料理の味も
それほど悪くはなかったので、時々こうして仕事帰りのスタッフ達が
立ち寄る店であった。


レイナは、背丈がスラッとしていて、一見テレビで見る「スザンヌ」のような
顔立ちをしている上に、本名もレイナと言うので、客の中にはハーフと
勘違いしている人達も多い。
だが、彼女は福岡生まれの純日本人である。
普段は、とても明るい娘なのだが、その日は何やら落ち込んでいる様子で
あった。


「ママ、ご馳走様・・・」

明美は、食事がある程度済むまで、
世間話しなどをして本題を聞き出そうとはしなかった。

「食欲もあんまり無いみたいだし、いつものレイナじゃないみたい・・・
さてっと・・・アイスクリーム食べよっか! 」

明美は、アイスクリームを2つ注文した。


「ママ・・・実は私・・・・お店辞めようかなって思ってるんです」

レイナは、やっとの勇気を出して、突然そう言った。

「ふーん・・・そうなんだ・・・  ねぇ レイナ! バニラでよかった? 」

レイナはその言葉を聞いて少し拍子抜けしたようだったが、

「うん! 私・・・バニラが一番好き!」

そう言ってニッコリ笑った。


「どうして、お店を辞めようと思ってるの?」

「・・・実は・・・このあいだ恵子と大喧嘩して、それから口聞いてないの・・・」

「そのこととお店を辞めるのと、どういう関係があるの?」

「・・・・・・」

そこに中国人ウエイターが、大盛りのアイスクリームを2つ持ってきた。
そして、片言の英語で

「これ、僕からのサービスで大盛りにしといたから・・・」

そう言って、レイナを見ながらニコニコ笑っている。
どうやら、レイナのことを気に入っている様子である。
そのウエイターは、それまでマカナイの食事をしていたのか、
笑ったその歯の1本にには、ホウレン草が付いていて、
まるでお歯黒のようになっていた。

レイナはその歯を見て、噴き出して笑った。

ウエイターは、そんなレイナを見て、さらに嬉しそうに笑いながら、
戻って行った。

「・・・だって、恵子が変なこと言い出すんだもん・・・」

「変なことって、どんなこと?」

恵子というのは前にも触れたが、レイナのルームメイトである。
レイナ、恵子、そして里美の3人は同じカレッジに通っている
留学生だ。
レイナと里美の2人は、学生のかたわら、うちの店で働いているが、
恵子は、日本の親からの仕送りだけで生活している。
仕送りだけと言っても、学生の中には、月に30から50万円ほどの
仕送りがあるらしい。
どうりで、新車の高級車に乗っている学生も多いはずである。

恵子も、そんな学生の1人だった。

「恵子が・・・私に、あんな店、もう辞めなって・・・」

「だから辞めるの?」

「私達がボリスに捕まったのは、K社長が裏で何か悪いことを
しているからだって・・・・その上、ポリスやシティーからお金を
取るために、私達を利用してるって・・・・」

「レイナもそう思うの?」

「・・・・私はそうは思わないけど、もし恵子の言う通りじゃなかったら、
警察がどうして私達にあんなことをしたか、分からなくなっちゃって・・・
それに・・・・弁護士さんが言っていたけど、社長は賠償金も請求しているって・・・」

「そうよ。確かに社長は今回の告訴で賠償金を請求しているけど、
でも、それって社長に払われるものじゃないわ!」

「どういうこと?」

「社長は、お店として訴えてる他に、あなた達1人ずつのケースとしても
訴えているのよ。 私と和樹の分も入れて・・・6件分だったかな?
って言うことは、お店だけのケースで訴える金額の6倍近いお金を
弁護士に払っているはずよ」

「でも、それで裁判に勝ったら6倍の賠償金が、社長に入るって事でしょ?」

「レイナ、あなた達少し勘違いしているようね・・・
以前にポリスを告訴するって言う時に、社長が私達に言ってたこと覚えてる?」

「う~ん・・・何だっけ?」

「全財産を懸けても、お前達を守るって・・・
何があっても、お前達の濡れ衣を晴らすって言ってたでしょ?」

「ウン・・・」

「あなた達のケースっていうことは、勝てばあなた達にお金が支払われるってことよ! 
この裁判に勝っても負けても、社長が得をすることなんかないのよ」

「勝てば私達、お金もらえるの?」

「結論的には、そうかもしれないけど・・・でも、社長の目的はそこじゃないと思うわ!
だから、お金の話は私達にもあまり細かくしなかったんじゃないかな・・・」

「ふ~ん、そうなんだ・・・」

「それよりも、社長が心配してたのは、あなた達のトラウマのことよ!」

「う~ん、それは大丈夫!    あの時は怖くてどうしようもなかったし、
今でもパトカーを見るだけで、逃げたくなっちゃうけど、考えてみれば
日本にいる時もそうだったなーって・・・・」

「それなら、いいけど・・・  里美や恵子はどうなの?」

「里美はさぁ、あの子、楽観的だからいいんだけど・・・
恵子がね・・・社長やママのせいで、とんだとばっちりを受けたって言って・・・
だから、私がそんな店で働いてるのが、イヤみたい・・・」

「そうね・・・確かにあの子には迷惑かけちゃったわよね・・・」

「でもね、本当は恵子もあの日、ベロベロに酔ってたし、私を迎えに来たはず
なのに、結局私を運転手にしようとしてたんだよね」

 
2人のアイスクリームは、半分ほど食べたままで、もうすでに溶けていた。

「キャー! アイスクリームが溶けちゃった!」

レイナはそう言うと、そのアイスクリームの容器を両手で持ち、

「ズズズゥー」っと一息で飲み干した。

「私・・・・やっぱりお店辞めない!」

「そう。 よかったわ! レイナに辞められたら困るし・・・・
でもね、レイナ・・・・恵子にはやっぱり一度きちんと話したいわ!
ちょっとした誤解で、嫌な思いをしたままじゃ、私達が一緒に戦っている
意味がないもの・・・・」

「ウン、 分かった。 私からも伝えとく」

次の日、明美はレイナと話したことを、私に報告してくれた。

明美の言うように、私は彼女達1人ひとりのケースを起訴するために、
数倍もの弁護士費用を負担した。
裁判に勝てば、彼女達の逮捕歴を消すことも出来るし、
賠償金として、いくらかのお金も彼女達に払うことが出来る。
その場合も、弁護士は彼女達が受け取れる金額の約3分の1を
追加の成功報酬として取ることになっているが、
それによって私がお金を手にすることは一切ない。
仮に裁判に勝って、店に対しての賠償金が支払われたとしても、
彼女達5人分の弁護士費用には、到底及ばないだろう。

この裁判に掛ける金額は莫大でも、これは単なる「コスト」に過ぎないと
私は割り切っている。
ギャンブルをしているつもりはない。

私の目的は、ポリスに謝罪をさせて、彼女達の逮捕歴だけではなく、
精神的な気持も、クリアーにしてあげることだ。

そのことは、彼女達にも伝えてあったし、彼女達自身も
それを望んでいたはずだった。

だから、恵子のように、誤解などによって我々身内の中で、
不信感や仲間割れなどのストレスを感じさせることは、本望ではない。

確かにお金の詳細に関しては、彼女達は知らないはずである。
裁判に掛かる費用などの話しをして、余計な心配をかけたくなかったからだが、
少し、説明不足だったのかもしれない。

私は、明美に頼み、レイナ、里美、恵子、和樹を集めてもらうことにした。

私には、心配していたことがあった。
それは、何度か過去に、目の当たりにしてきた「冤罪」というものが
引きずっていく様々な問題だ。
こういった事件に関する裁判では、とにかく時間が掛かる為、
第三者だけでなく、当事者本人の気持に、ブレが生じてくる。
また、それが原因で人間関係が泥沼化していくこともあるからだ。
どういうことかと言うと、相手が警察などの公的機関の場合は特に

「真実はどうだったんだろう」
「もしかしたら、本当は当事者(自分達)が悪かったんではないだろうか」
「よく考えたら、公的機関(警察)が間違ったことをする筈はない」
「自分達がこんな目にあったのは、誰々のせいだ」

などという気持に陥る場合がある。
まして、これらの事件が警察側の見解としてメディアに露出した場合は、
非常に危険な状況になってしまう。
メディアというのは、実は誰も真実を知らない。
そのため、思い込みや決め付けで犯人像が作りあげられ、
その犯人像だけが独り歩きして、一般的に広められる。
こうなると、当事者やその関係者、家族さえも不安になる時がある。

「新聞やテレビが、嘘を付くはずがない・・・」

などと感じ始めてしまう・・・・

そして、それを読んだり聞いたりした周りの人達の視線は非常に冷たい。
身近な理解者がいない冤罪ほど孤独なものはない。

だからこそ、こういった事件は、冤罪を被らされた関係者が
一致団結しなければ、到底乗り越えられるものではないのだ。


私は、明美、レイナ、里美、恵子、和樹の5人を事務所に集めて、
ミーティングを行なうことにした。

K・・・「今日みんなに集まってもらったのは、我々の事情聴取も
    ほぼ終わったので、私の知っている限りの現状報告を
    したかったからだ。 現在、相手側の取調べが続いている状況で、
    特別な進展はないが、どうやら相手側は往生際が悪いらしい」

恵子・・・「Kさん、本当のところはどうなんですか? ハッキリ言って私
      迷惑してるんですけど・・・」

K・・・「そうだな。 恵子にはとんだ巻き添えを食わしちまったからな・・・
    だからこそ、俺達はどうしてもこの裁判に勝つ必要があるんだ」

恵子・・・「私が言っているのは、そういうことじゃないんです。
      Kさんやママが、何をしたか知りませんけど、なんで私が、
      このお店のために協力しなきゃいけないんですか?」
 
里美・・・「恵子、なに言ってんの! 社長は私達のために警察を訴えたんだよ」

恵子・・・「結局は、お金のためじゃないんですか? 
      私、間違ったこと大嫌いだし、嘘も付きたくないんです。
      事情聴取で宣誓までして、どうして私が口裏を合わせなきゃ
      ならないんですか?」

明美・・・「口裏を合わせるって、どういうこと?」

恵子・・・「前にママが私に言いましたよね。 
      不利になることは言わない方がいいって・・・
      私がまだ、ハタチ(未成年)だった時もお酒飲ませてたし、店内でタバコを
      吸わせてた客もいたの知ってるけど、そのことは言わなかったわ!
      客の中にはギャングメンバーもいるみたいだし、飲酒運転してる人達だって
      実際にいるけど、私、店のために黙っててあげたの。
      でも、それが凄いギルティー(罪)に感じて、ストレスになってるわ」

和樹・・・「恵子、お前、言ってることが矛盾してるぞ! 未成年で酒を飲んでたのは
      お前だろ? それにお前だってタバコ吸ってたじゃねーか!
      前に、酔っ払って運転だってしてただろ」

恵子・・・「私が犯罪者みたいに言わないでよ! 法律では、それらを見過ごした
      店の方だって悪いんだから・・・」

明美・・・「恵子ちゃん! 確かに私も完璧に法を犯していないとは、言えないわ!
      それに、不利になるとことを言わない方がいいとも言った。 
      でも、それは口裏を合わせるとか、嘘を強要してるわけじゃないのよ。
      恵子ちゃんが事情聴取で聞かれたことを、どう答えるのも、
      あなたの自由なの。 私が言いたかったのは、私達が不利な証言をして、
      裁判に負けてしまったら、全ての出来事に対してポリスが正義で、
      私達が犯罪人になってしまうっていうことが言いたかっただけなの」

和樹・・・「そうだよ! 俺達が裁判に負けたら、やってもいないことまで、
      やったってことにされちまうんだぞ!」

恵子・・・「結局、この店が賠償金を取るために、私達が利用されているだけよ!」

レイナ・・・「止めなよ! 恵子!」

K・・・「なぁ、みんな・・・ひとつハッキリとしときたいことがあるんだ。
    俺がポリスを起訴したのは、正義のためだ。 そして、みんなを守るためだ。
    ましてや、金の為になんて、考えたこともない。
    今だから言うが、俺はみんなのケースで1人に付き、○千ドル支払った。
    トータルしたら○万ドルになる。裁判に入れば、それ以上に掛かるだろう。
    いずれにしても、君達には金銭的にも精神的にも、負担をかけるつもりはない。
    だから、ここでもう一度みんなに確認したいことがある。
    この事件に関して、ほじくり出して欲しくない人間がいるのなら、
    そう言って欲しい。裁判に臨むのも、降りるのも君達の自由なんだ。
    ただ、俺がどうしても避けたいのは、奴らポリスの悪によって、君達同士の
    関係が悪くなったり、そのことが原因で余計なストレスを負うことなんだ。

和樹・・・「社長! 俺、金なんてどうでもいいっす。 あっ! いえ、裁判費用を
      払ってもらっておいてこう言うのも何なんですけど・・・・
      とにかく俺も、正義のために戦いたいっす」

里美・・・「私も・・・だいたい、そんなにお金掛かってるなんて知らなかったし・・・」

レイナ・・・「私も警察のしたこと許せないし、降りない・・・」

恵子・・・「ハッキリ言って私・・・あの黒人の弁護士だって、信用できないんだよね・・・」

レイナ・・・「また、その話? それはいいじゃん」

明美・・・「信用できないって、どうしてかしら?」

恵子・・・「あの人も、結局はお金目当だと思うから・・・
      それに、私の事情聴取の時も全然頼りにならなかったし・・・」

明美・・・「弁護士といっても、ビジネスよ! 報酬が目的でも仕方ないわ!」

恵子・・・「私・・・・みんなの言ってる正義っていうのがよく分からない。
      警察だって、正義でやってたんじゃないかな・・・」

和樹・・・「お前何なんだよ! ポリスが正しいと思うんだったら、
      お前だけ告訴取りやめろよ!」

恵子・・・「そうね。 私ちょっと正義についてよく考えてみるわ!」

K・・・「じゃぁ、よく考えた上で、もし、告訴を取り止めたい時はいつでも言ってくれ!」

そして、私は彼女達にこれまでの経過をもう一度まとめて説明した。

こうしたやり取りがあった数週間後に、ポリスから示談の提案があったのだ。

我々は、その内容を確認するために、バーバラのオフィスに再び集結した。


バーバラ・・・「どうやら、ポリス側はこの件を本裁判にまで、持ち込みたく
        ないようよ!  どっちにしても本裁判まで持っていっても、
        まだ数ヶ月、いや、数年かかるかもしれないし、
        個人のケースに関しては、示談に応じた方が、得策かもしれないわね」

恵子・・・「示談って、どういうことですか?  私達がお金を貰えるんですか?」

バーバラ・・・「そうよ」

恵子・・・「ふ~ん・・・ それっていくらですか?」

バーバラ・・・「それがね・・・・・1人に付き2千ドルだって言うの・・・」

恵子・・・「冗談じゃないわ!」


その場にいた、レイナと里美、和樹、明美は顔を見合わせた。
あれほど、お金のことを否定していた恵子が、示談金額に対して、
異常な食い付きを見せたからだ。


恵子・・・「レイナ、聞いた? 私達がされたことがたったの2千ドルだなんて、
      ふざけてるわ!」

レイナ・・・「でも、お金が目的じゃないじゃん!」

恵子・・・「バーバラさん! その金額じゃ私達納得できないわ!」

和樹・・・「って言うかお前・・・俺達、まだ示談で済ますかどうかも決めてないじゃん」


K・・・「バーバラ、奴らが示談に持ち込みたいということは、
    非を認めたということかなー?」

バーバラ・・・「そういうことになるわね」

K・・・・「と言うことは、謝罪も取れるということだよね?」

バーバラ・・・「・・・・それがね・・・・謝罪はしないと言ってるの・・・」

 
個人のケースに対して、示談金で解決したとしても、謝罪をしないというのは
到底、納得できるものではなかった。
私は、示談金額の大小に関わらず、この提案をすんなり受け入れることは、
危険なことに感じた。
何としても謝罪と共に、我々に対して今後このような事件を引き起こさない
という約束が欲しかった。

しかし、私の中には迷いもあった・・・

彼女達にとっては、どういう結果が一番いいのだろうか・・・・
このまま、ずるずると裁判を長引かせ、彼女達を泥沼に引き込ませることが、
よい方法だとも思えなかったのだ。

私は、彼女達のケースに関しては、彼女達自身の判断に任せることにした。
ただ、この提示額が子供だましの金額であることは、彼女達にも理解できた
ようである。

いずれにせよ、ポリス側が提示した金額では、示談に応じる意思がないことを、
バーバラに伝えた。
バーバラも同意見だった。
それには当然、バーバラ自身の報酬に大きく関係してくることがあったのには
違いないが・・・・


ここからまた、アメリカらしい値段交渉が幾度となく続けられた。

結局、彼女達は示談に応じることを選択したのだが、後はそれが「いくら」
なのかが問題となった。

それからは、相手側が値段交渉だけのために用意した新たな弁護士達と
交渉することになる。
ただ、我々とその弁護士のあいだを取り持つ中立的な第三者の人間が存在した。
面白いことに、この第三者というのが、ある機関の人間とかではなく、
電気屋とか、どこかの会社役員とか、いわゆる一般人なのだ。
そこにギャラが発生するのかは定かではない。
我々の交渉請負人として紹介されたのは、ガス会社の部長という
肩書きの人物であった。

なんと、今回彼女達が呼ばれた場所は、そのガス会社の一室であった。
その部屋で、まるで「競(セリ)」のような交渉が続く。

まったくもって、意味の分からないシステムだ。


アメリカの車ディーラーで新車を購入した経験のある人なら、想像できると
思うが、客はプライスの交渉相手(ディーラーのマネージャー)とは、
直接顔を合わせない、といったマニュアルが存在する。
セールスマンには元々、最低ラインのプライスが存在しているにも関わらず、
自分では、値段決定の権限がないことを理由に、客の味方として、
自分の上司(マネージャー)との値段交渉に行ったり来たりする「フリ」をする。
たとえ客に粘られたとしても、セールスマンが必死になって、客のために
値段交渉に貢献したという演出をする仕組みなのだ。
この半日にも及ぶ自作自演によって、心理的に客はまんまと
納得させられ、高い車を買っていくのだ。

示談金の値段交渉も、そういった心理作戦に近いと言える。
相手側の弁護士達は隣りの部屋に待機していて、そのガス会社の部長
という男が、彼女達のいる部屋とのあいだを行ったり来たりするのだ。


ここで、本領を発揮(本性を現した)のが、恵子であった。
彼女は、大学院を目指しているだけあって、とても頭の良い娘だ。
後から、バーバラに聞いた話によると、先の事情聴取の際にも、
「言葉のゲーム」を一番駆使していたのは、実は恵子であったと言う。
事情聴取では、勝手に意見を述べることは許されていなかったが、
質問することは、認められる。
恵子は、相手の弁護士からの質問に対して、「言葉の揚げ足」を狙い、
逆に、「なぞなぞ」のような質問を相手側に仕掛けていたらしい。
以外だったのは、相手の弁護士がそれを嫌がるどころか、
まるで、2人でゲームをしているような感覚だったと、バーバラは振り返る。

私は、恵子の言っていることの正否は別として、彼女の言葉の
どこまでが本心で、どんな考えを潜ましているのかが、よく理解し難い
部分があることは、否定できない。


交渉人・・・「それでは、1人に付き3千ドルだったら、どうですか?」

里美・・・「・・・・」

和樹・・・「・・・・」

レイナ・・・「よくわかんない・・・」

恵子・・・「私の答えは"NO"よ!」

明美・・・「あのぉ・・・その前にポリス側からの謝罪はないんですか?」

バーバラ・・・「明美、やっぱり、今の段階ではそれは無いそうよ!
        多分、謝罪すれば、その後に控えている店との裁判において、
        彼らが不利になるからだと思うわ!」

交渉人・・・「私はあくまでも中立的な立場で、値段の交渉だけを任されているので、
        正直言って、その辺のところはよく分からないんだ・・・」

明美・・・「バーバラさん、私達も本当のところは、まだ迷っているんです。
      謝罪もなければ、相場も分からない状態だし・・・
      相手からすれば、結局いくら払えばチャラにするんだってことですよね・・・・」

交渉人・・・「えーっと、貴方が明美さんですね」

明美・・・「はい」

交渉人・・・「貴方に対する示談金は、警官が突き飛ばして怪我を負わしたという
        内容なので、医療費も含めて4千ドルの提示があります」

恵子・・・「ちょっと待ってよ! 彼女(ママ)は留置所に入れられたわけでも
      ないのに、どうして私達の方が少ないの?
      だいたい、本当に怪我してたんですか?」

バーバラ・・・「多少なりとも、痛みが残っているようだったので、
         彼女には病院に行って、検査を受けてもらったのよ!
         大した怪我じゃなくて良かったけど、その分の違いはあっても   
         不思議なことではないわ」

恵子・・・「精神的には、私の方が傷付いてるわ! 
      だいたい、ママはお店で働いてた人間だから
      そうなったのかもしれないけど、私は何にも関係ないのに、
      こんな目に会ったんだから・・・」

和樹・・・「恵子、今ここでそんなこと言ったってしょうがねーじゃん!」

交渉人・・・「恵子さんは3千ドルの示談金に納得しないということですが、
        いくらなら納得するんでかすか?」

恵子・・・「私、事件のあったあの晩のこともそうだけど、取調べのストレスとかで
      眠れない日もあったし、お陰で学校の単位も落としちゃったから、
      その分の授業代とか入れて・・・・・1万ドル!  
      それでも本当は少ないくらいけど、お金が私の目的じゃないから、
      1万ドルだったら、応じてもいいわ!」

交渉人・・・「皆さんはどうですか?」

明美・・・「謝罪があれば、何とか考える余地もあるんだけど・・・
      今の段階では、誠意が見られない気もするわね・・・」

和樹・・・「俺も、相手の謝罪次第だな」

里美・・・「私も同じ・・・」

レイナ・・・「私も・・・・」

交渉人・・・「それでは、また少し待っていてください。交渉してきますから・・・」


交渉人は、そう言って隣の部屋で待つ、相手側の弁護士のところへ行った。

40分ほどして、交渉人が帰ってきた。

交渉人・・・「残念だが、まず1万ドルの示談金はあり得ないという答えでした。
        シティーは現在、財政難でバジェット(予算)がないこともあり、
        1人に付き、3千5百ドル、明美さんは4千5百ドルでどうですか?
        ということです。 それから・・・謝罪については、別の問題なので、
        今は答えられないそうです」

結局、この日も交渉はまとまらず、次回に繰り越されることになった。


彼女達には、あえて言うことを控えたが、私が考えている示談金額は、
今、交渉している額とは、桁が違うものだと想像していた。
家具やテレビの値引き交渉じゃあるまいし、あんな金額で踊らされている
現状が、悲しく思えた。

そんな交渉が何度も行なわれ、示談金額は当初の3倍近くになっていた。
だが、相手側はそれ以上には応じない強行姿勢であったため、
恵子以外の全員は、逮捕歴を抹消することを条件に示談に応じた。
恵子も粘りに粘ったが、最終的に、これ以上変化がないと判断してか、
最終的にそれに応じた。
その間にも、彼女達同士でイザコザがあったようだが、
現実にお金を手にして、なんとか納得してもらうことが出来た。


私が、彼女達にしてあげられたことは、その程度だ。

どんなカタチで決着が付こうとも、事件が起きなかったこと以上の
ことは、何一つない。

これらの権力によって起こされる社会の悪と陰謀、事件は悲しいものだ。
だが、それ以上に、これらの事件によって発生する精神的な苦痛、
人間関係の悪化、そして弱さ・・・
何よりも、そのことに対して何も出来ない己の力の無さを知ることこそ、
私にとって最大の悲しみである。


本当の決着までには、何年掛かるか分からない・・・

それでも私は、戦い続けなければならない・・・


あのクリスマスイブの日から数えると、もう2年半の月日が過ぎようとしている。


今月には、うちのグループ全店に対して「マルサ(国税局の監査)」が
入るという通達を、先日受けた。

最悪のシナリオである・・・
それが、ポリスやシティーによる作戦のひとつかどうかは、判明していない。

私に出来ることは、一つひとつの壁を乗り越えていくことしかない。

戦いに終わりは見えない・・・・

終わりがあるのかさえも分からない。

いったい・・・ 

私は何と戦っているのだろうか・・・・・・



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コメント

Kさんは自分と闘っているのではないでしょうか?
正義・仁義・仁侠・・・
生きてる間に見つかるといいですね。
がんばってくださいね。蟻地獄も雨が降ったらなくなります。その雨を降らせてください。

投稿: 龍貴 | 2008年6月24日 (火) 19時21分

「不撓不屈」すべて読みました
もちろん 他の項目もですが・・・・

「不撓不屈」に関しては 読んでいるうちに
スッーと涙が・・・溢れるのではなく 読み終えるまで 静かに頬につたわり続けました

陳腐な言葉では表せない 色んな思いのの涙がです
おこがましいですが 陰ながら一寸法師さんを見守り続けたいです

投稿: 紅弁天 | 2008年11月29日 (土) 18時42分

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