カテゴリー「魔物」の記事

2008年4月 5日 (土)

ハジキ

この銃社会のアメリカでも、銃を絶対に持たない主義の人間達もいる。

私も、その1人だ。

近所のマーケットに行けば、簡単に銃が買えてしまう。
クリスマスセールスになれば、値引きもできる。

アメリカと言う国は、本当に学べない国(人種)である。

自分の家族や身内が、銃で殺されたり、あるいは殺してしまったりしたら、
銃が氾濫している世の中の怖さが少しはわかるのだろうか・・・・

米国の全殺人の68%は銃によって起きている。
ちなみに日本でも3%を超えてしまった。
日本で人が銃によって殺されれば、きっと大きなニュースになるはずである。
先日も、日本の警官が誤発砲した(怪我人はなかった)ことが
国内のニュースになったが、米国では、警官が間違って民間人を撃ち殺したって、
何らかの理由を付けられ、事件そのものが表に出てこないこともある。
米国では1日に約90人、年間に3万人以上の人間が、
銃によって命を落としているのだ。

「人間を殺すのは、人間であって銃ではない」
という「全米ライフル協会」のスローガンは、苦し紛れの屁理屈である。
国民が銃を持ち、また戦争が始まれば得をする連中が、この国を
仕切っている限り、この国から銃がなくなることはないだろう。

「そんな危ない世の中だからこそ、銃を持つ」
と言うのが、多くの米国人の考えだ。
問題の根っこを取り除くより、その問題にどう対処するか、で全てが終わる。
自分が殺されるか、誰かを殺すまで、それは変わらないだろう。

誤解のないように説明する。
たとえば、私は日本国から米軍を追い出し、日本の自衛隊が独自の
軍事力を強化することには賛成である。
むしろ、憲法を改正して、自衛隊を軍隊にする必要があるとさえ考えている。

個人が銃を持つことに反対の私が、国軍に銃を持たせることに賛成することは、
矛盾しているように聞こえるかもしれない。

しかし、国が武器を持つことの意味は、戦争をするためではない。
実際に国自体が武器(核兵器)を振りかざし、ギャングと化している国が存在する限り、
戦争を起こさせないための抑止力が必要なのだ。

一般人にそれが当てはまるとは思わない。

貴方がギャングやマフィアの構成員なら話は別である。
対立する組織や組員から身を守るために、貴方は武器を備えるべきである。
また、それを取り締まる立場の人間(組織)なら、当然、それ以上の武器を持つ
必要があるだろう。

しかし、私の言っている本当の銃の怖さは、ギャングの抗争で撃ち合うことではない。

子供も含め、一般人が些細な事で人を撃ち殺したり、殺されたりすることなのだ・・・

単なる事故も多い。
何も分からない赤ん坊だって、引き金を引けば弾は飛ぶ。
その先に兄弟や家族がいれば、相手は死ぬし、自身を撃ってしまう事だってある。
現にそういった事故は頻繁に起きている。
小・中学校に銃を持ち込む生徒もいる。


自分の胸に手を当てて、よく考えて欲しい。
これまで生きてきて、人を憎んだり、殺したいという感情を持ったことはないだろうか。
いや、むしろ他人にされたことで、突発的に「カーッ」と頭に血が上ったことくらいは
あるはずた。
私の場合、小・中学生の頃は毎日のように喧嘩に明け暮れていた時もあったが、
当時は、喧嘩を売る方も買う方も「喧嘩道」(喧嘩のルール)をわきまえていたので、
お互いに殺さずに喧嘩に勝つ方法を知っていた。

大人になった今でも、たとえば車を運転していて他の車にあおられたり、
クラクションを鳴らされて言い争いになったり、騒音で怒鳴り込みに行ったりと、
後から考えれば些細なことでも、その瞬間は冷静になれないときもあるはずだ。
私は、決して気の短い方ではないが、そんな私でも頭に来ることもあれば、
実際に喧嘩になってしまうこともあった。


そんな時、もし、
自分が「ハジキ」を持っていたら・・・・・

そう考えれば本当に恐ろしいのだ。

私はカタギの一般人だか、それでもそんな状況はいくつもあった。
そこに「銃」があれば、間違いなく私は殺されているか、殺人を犯していたかの
どちらかである。


「ドラッグ」によって死んでしまった友人がいることは、以前に書いたが、
中学時代に、ある抗争事件で人を殺してしまった友人がいる。
それは、「銃」によってではなかったが、当然、殺人罪として鑑別所送りになった。

もし逆に友人が相手に殺されていたら、俺達はどうしていただろうか。
復讐のために、相手を殺しに行きたいと思っていたかもしれない。
きっとそこに銃があれば、自分でなくても誰かが報復にでただろう・・・

だが、殺人を犯してしまった友人の、残された家族のその後の苦悩を
目のあたりにして、ガキながらに思ったことがあった。

殺された人間の命は戻らない。
その家族も、周りの人間もずっと不幸を背負い込む。
しかし、殺してしまった人間や、その家族もまた、いつまでも
不幸を背負い込み、生きていかなければならない。

人の手によって、人が1人死ぬということは、多くの人を不幸にし、
いろんな人間の人生を変えてしまう。

そんなことが永遠に繰り返されていくだろう・・・

私に限らず、今こうして冷静に考えていれば、
「たとえあの時、目の前に銃があっても、私は撃たない・・・・」
そう考えるはずだ。

しかし、人間はとっさの時に、そんなに感情を上手くコントロール出来るものではない。

それは、毎日のように一般人が人を殺し、そして殺されているこの国を見れば、
答えは明白である。

私は以前、護身用に「日本刀」や「ドス」を車の中に携帯している頃があった。
幸い、それを使うことはなかった。
いや、正確に言うと使う勇気がなかった。
「刃物で人を切る」
というのは、かなりの覚悟がいるものである。

よく、ハッタリで「日本刀」を振り回す奴がいるが、
私の知る限り、そういう奴は間違いなく人を切ったことはない。
刀の持ち方も知らない人間に多い。


これでも私は「剣道」の有段者である。
「真剣」も扱ったことがある。
相手が「日本刀」を持って来ても、相手がよっぽどの「武術家」でない限り、
私は「木刀」一本で勝てる自信はある。
むしろ、相手を殺さずに勝つためには、真剣よりも木刀の方が有力だ。
木刀でも、打ち所を狙えば殺傷能力は高いが、要するに加減がしやすい
という意味である。


先日、テレビで「世界最強の武器は何か」という番組があって、
科学的に検証した結果、「日本刀」が選ばれた。

間違いではないと思う。
刀の刃に向けて弾丸を飛ばしたら、弾丸が真っ二つに割れた・・・・
というだけのことだ。


刀の威力は確かに大きい。
実践においても、かなりの戦闘能力がある・・・
だがそれは「武術家」が扱えばの話だ。
まして、「宮本武蔵」のように、同じ刀を持った相手を100人切る、
などというようなことは、現実的に不可能である。
俗に言う「チャンバラ」をして、人を2~3人も切れば、刀の「刃」は
もう、ボロボロになってしまう。


剣道で使う「竹刀」というのは、衝撃を少しでも和らげる作りになっている。
しかし、その上に全身防具を着て勝負をしたとしても、
身体中アザだらけになるほど、痛くて苦しい。

最近の日本でも、そんな「痛み」を知らない若者達が喧嘩をして、
木刀や金属バットなどで頭をかち割ったり、
倒れこんだ相手の頭をサッカーボールのように蹴り続け、
気が付いたら相手が死んでいた。
などの事件も多い。

要は、喧嘩の仕方(加減)を知らないのである。
喧嘩は殺人ではない。

そう考えると、恐ろしいのは「銃」だけではないのかもしれない。
だが、「ハジキ」から飛んでくる弾は、誰が撃っても加減など存在しないのだ。


私の周りでも、ハッタリで「ハジキ」を持っている人間は、残念ながら多い。
ただ、「銃」という武器は、ハッタリとして持つには、危険過ぎるということに
気付いて欲しい。
「武術家」でなくとも、ほんの一瞬の感情と、引き金を引く指一本で、
人は簡単に死んでしまうのだから・・・・・

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2008年3月 4日 (火)

くすり

私が嫌いなもの、そして許してはいけないと思うもののひとつに「薬物」がある。

私は、地元で何人かのテキヤ衆の親分に世話になったこともあるし、
たとえ世間では極道と呼ばれていても、尊敬できる人達もいる。

だが、どんな大物のヤクザであろうが、「くすり」や「シャブ」を扱っている奴は、
「クズ」だと思っている。


「自分には関係ない」

などと、思わないで欲しい。

私の言う「くすり」には、あなたの身近な人でも、きっと経験したことのある
「マリファナ」だって含むのだ。

私は、「タバコ」をやる。
「酒」もたしなむ。
むしろ、大好きだ。

その私が「葉っぱ」をしないのは、偽善者だからではない。

「葉っぱ」をやる連中の中には、

「タバコや酒よりも害がない」とか、
「中毒性もない」などの屁理屈を言う人間も多い。
アメリカでは、合法化しようとする運動家や政治家達もいる。
いかにそれらが害ではないかという出版物も多い。

だが、騙されてはいけない・・・

私は科学者ではないが、はっきり言おう。
害がないとか、中毒性がないとか言うのは、まったくの嘘である。

精神的に害を及ぼし、人間性までも変えてしまう。
そして、他人にも害を及ぼしてしまう。
身体も、そして心も中毒となり、脱落していった人間を
何人見てきたか分からない・・・・・


「音楽を作るために・・・・」
などと、ほざく奴もいる。
プロの世界でも、こういう奴は多い。

薬物の力を借りなければ、いい音を探せない奴は、
元々、才能なんか無い。


私はなにも、そんな奴の身体的な健康を心配しているわけではない。
脳みそが溶けようが、身体がボロボロになって廃人になろうが、
私の知ったことではない。

私はただ、自分の身近な人間が、その家族や友人、愛する人達を傷付け、
迷惑をかけ、裏切り、そして悲しませることを見過ごせないだけである。

そして興味半分で薬物に手を出すことの恐ろしさに
気付いていない若者達に、その恐ろしさを知って欲しいだけなのである。

興味を持ってしまうのは、避けられない。
私にも、そんな時期はあった。
でも、それはせいぜい中学生までだ。

私の地元では、高校生にまでなって、「シンナー」や「シャブ」をやる人間は、
「ハンパ者」と言われ、相手にされない。
それは、彼らがそこに至るまでに様々な「地獄」を見て来たからだ。


中学時代の友達で、薬物が原因で、死んでしまった奴がいる。
くれぐれも言うが、身体が薬物に犯されて死んだのではない。
精神が犯されて、「死」に至ってしまったんだ。

死んだ奴は、それは不幸だよ。
でも、それは周りにいる多くの人達さえも不幸にしてしまうんだ。


本当に甘く見ないで欲しい・・・


私には、現在100人以上の従業員がいる。
日本人だけではなく、メキシカンを始め様々な人種がいる。
ギャングだかなんだか、愚連隊上がりの連中もいるだろう。
世間も道理も分からず、感化されやすい純粋な留学生達も多い。
若いうちは、何でも興味を持ってしまう年頃だ。
まして悪いこと程、魅力的に映ってしまうものである。

悲しいことに、私もシロウトではない。
当の本人は、バレていないと思っているかもしれないが、
私は、たった1秒だけでも、彼らの顔(目)を見れば、
その人間の生活状況が見えてしまう。

たとえ顔を見なくとも、「葉っぱ」や「くすり」を覚えたであろう人間は、
すぐに分かる。
それは、仕事や生活態度に兆候が表れてくるからだ。


まずは、タイムカードにそれが表れる。
遅刻がやたらと多くなるのだ。(時間的な感覚が麻痺してくる為)

次第に嘘が多くなり、欠勤も増える。
(法を犯しているので、嘘を付くようになり、嘘がさらなる嘘を呼び、
信用もなくなり、イライラして落ち着きがなく、仕事にも集中できなくなる)

そして金欠になる。(くすりを買うためもあるが、生活に様々な悪影響が及び、
やる気もないので、良い仕事が出来ずに収入も減る)

友達が減る。(人に金を借りて返さなかったり、金を作るために
悪いことをするようになり、人に迷惑をかけ、人間関係も悪くなる)


こんな人間が精神的にも、肉体的にも、そして経済的にも、
豊かになれるわけがない。

問題なのは、自分が変わっていくことへの自覚症状がないことだ。
実は、これが薬物の一番恐ろしい特徴とも言える。
それが、常習につながるんではないだろうか・・・
要するに、最初は肉体的な中毒などある筈もないわけで、
意思の弱さと、自分がやっていることに対しての重大性に対する感覚が麻痺して、
精神的に中毒になってしまう。

もうひとつの特徴は、こういう連中は共犯者を作りだがるってことだ。
だから、組織に1人でもこういう奴がいると、組織にも悪影響を及ぼすことになる。

私の組織(会社)では、当然ながら「葉っぱ」も含め、あらゆる違法薬物はご法度だ。
もし、違反があれば解雇である。
しかし、正直のところ、私がなんとなく気付いていても、
まずは、なんとかして裏で食い止めようと「操作」する場合もある。
もちろん、その場合は、私は何も知らないことになっている。
クビにするのは簡単だが、私も可愛い従業員には、
本人の為にもなんとかして助けたいと思うのだ。

そんな親心など分かる筈もなく、生活態度を改められない奴もいる。
だが、そういう輩は、たとえ解雇にしなくても、自然に消滅していく。

他に何をやったところで、社会に適応できないため、人間として落ちていく。
きっと、不幸にも見舞われるだろう。
そして、それらの不幸さえも、自分の行動が原因だとは気付かず、
他人のせい、運のせい、社会のせいにする。
気が付いた先にあるものは、孤独だ。
そんな孤独から逃れる為に、また「くすり」に頼る。
こうして、悪循環が続くのである。


「くすり」をやってる奴に
「薬物はいけないよ!」
なんて、言ったところで、耳を傾けはしないだろう。


いつかは、理解できる日も来るかもしれない・・・


だけど、これだけは信じて欲しい。

もし、あなたが「1年間」それを続けてしまったら、
5年・・・あるいは10年、「やらなかった自分」よりも確実に遅れを取る事になるよ。


覚えておいてね・・・・


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